トップ高野位牌とは? 高野山真言宗専用の位牌なの?

高野位牌とは? 高野山真言宗専用の位牌なの?

高野位牌とは、位牌に産地名が付いているわけで、決して高野山真言宗専門位牌というわけではありません!

①高野位牌のルーツ

江戸時代の寛延年間から宝暦年間(1748~1763年)頃に高野山周辺の村民が、高野山上のお寺に納めるために作りはじめました。とくに高野町杖ヶ藪という山間の村落はそれが盛んでした。杖ヶ薮という名前は、弘法大師空海が杖を投げた所に竹藪が生え、水がわき出てきて、おかげで以後村人は谷底まで水汲みに行かなくて済むようになったという大師伝説がその村名の由来と言われています。

②高野位牌の独特のカラーと基礎ができたきっかけ

2016年9月「NHKええとこ」という番組で高野山が紹介されました。その中で「杖ヶ藪村は、昔高野山に月に1度野菜を担いで納めていた。」という風にロケをしていました。テレビでは、語られませんでしたが、この杖ヶ藪村こそ高野位牌を製造していたのです。林業や農業をしながら、とりわけ寒さの厳しい雪も降り積もる冬場に位牌を作っていたのです。最初は白木のままのものでしたが、昭和の初めころ京都から新しい塗りの技術を取り入れたり、また岡山からも木地の職人を雇い入れ、さらに大阪で職を習うなど各地の優れた技術を取り入れ高野位牌独特のカラーと基礎ができました。生産量が増えると高野山へ納品するのは、その一部で大半は、全国の仏壇仏具販売業者(小売店、問屋、関連業者)に卸すようになりました。現在も高野山上で1人で高野位牌を手作りしている職人さんも番組では、紹介されていました。

③位牌メーカー「まつたに」を少しご紹介

※「まつたに」は、昭和五年に高野山麓の橋本市に移転し手作り工程を多人数でこなし、本格的な工場生産を始めました。そして金粉仕上げ、蒔絵仕上げといったそれまで高野位牌にはなかった仕上げ加飾法を取り入れ、さらに高品質な製品作りに励み、高野位牌の名を高めています。今では、会津位牌(福島県会津若松市)、名古屋位牌(名古屋市)、京位牌(京都市)と共に日本の位牌産地の一つに数えられています。つまり高野位牌とは、位牌に産地名が付いているわけで、決して高野山真言宗専門位牌というわけではありません。宗派関係なく使える位牌です。ただしご寺院様用位牌(ご住職様がお亡くなりになった時に作る位牌)の一部には、宗派別の形があります。一般在家信者の方は、どんな形、色の位牌を選んでも構いません。以前から祀られている位牌や仏壇の大きさ、デザインとのバランスには、一定の配慮が必要ですが、基本的に自由に選んでよいのです。

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