トップ位牌のはじまりは??

位牌のはじまりは??

元々、仏教に位牌はなかった!?

いったい、お仏壇やお位牌は、いつからあったのだろうか・・と、考えてみたことはないでしょうか? お仏壇については、毎月27日をお仏壇の日と定めて「祈る」ことへの啓蒙をすすめている仏具店もあります。なぜ、27日かといいますと、日本に仏教が伝来した後、国を挙げて仏教をひろめようと、天武天皇が詔(みことのり)をされたことが日本書紀 巻第29 天武14(685)年3月27日にあるからです。その中には、「諸國毎家作佛舍、乃置佛像及經、以禮拜供養」とあります。これは、「諸国の家ごとに佛舎(ほとけのみや)をつくり、即ち仏像と経を置きて礼拝供養せよ」とあったことによります。
しかし、ここには“お位牌をお祀りせよ”とは書かれていないのです・・。

(その 1)お位牌はいつからあるのだろう

お仏壇のはじまりは、千三百年もの昔に遡るのは驚きですね。では、お位牌はいつごろから日本にあったのかを調べてみますと、(ここで取りあげる位牌は、葬儀の際に作られる二つの白木位牌、祭壇に祀られる内位牌、野辺に持っていく野位牌ではなく、四十九日、あるいは一周忌がすむと作り変えられる漆塗りなどの位牌のおはなしです。)新・佛教辞典 中村 元 監修(誠信書房)には、「位牌とは死者の霊を祭るために法名を記す板で、儒教の木主(ぼくしゅ)・神主・木牌、神道の霊代(たましろ)神牌に当る。もと儒教で後漢(2~3世紀)ごろから長さ10~40㎝の板に存命中の官位姓名等を記して神霊に託させる習慣を、仏教が依用したもので、わが国へは禅宗に伴って伝わり江戸時代に一般化した。」とあります。なんとこれも驚きです。du
もともと仏教にはお位牌は存在しないのです。 孔子が儒教を体系化するまでの中国では、葬儀をするのは儒者のお仕事だったようです。儒者は「死者の魂は、ご先祖となって我々を見守っている」と考えていました。しかし、インドから中国に伝わった仏教では「魂は輪廻転生によって人間以外のものにも生まれ変わる」と考えられていたのです。では、なぜ日本にお位牌が定着していったのでしょう。それは、日本には人が亡くなっても、遠い山や海の彼方にいて、いつも我々を見守ってくれているという考え方があったからでしょう。神道にも神の依代という考え方があって、神降ろしなどの際には、神様に宿っていただく、目印となる場所や物があります。だから、お位牌も魂の依代としてごく自然に受け入れられたのでしょう。ほんと、日本人の考え方って素晴らしいですね。
では次に、そのお位牌をお作りしている『まつたに』のおはなしをしましょう。17世紀前半の高野山では檀家制度の影響を受け、それまでに魂の依代とされていた、一石(いっせき)五輪塔(ごりんとう)に代わり、お位牌が普及したと考えられています。そして、『紀伊続風土記』天保2(1839)年には、高野山奥之院の北東にある「杖ケ薮(つえがやぶ)」という三十戸余りの村でお位牌作りがされていると記されています。当初は高野山内の子院(塔頭)に納める簡素なものでしたが、今から百年近く前に京都から新しい技術を取り入れ、生産量も増え、中国地方や四国方面へも販路が拡大したようです。まさにこの地が当社のルーツです。 現在は、高野山麓、紀ノ川の畔に工房を設け、宗派を問わず各種お位牌を、まごころ込めてお作りしています。

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